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自国文化に誇りを持つ“過ち” [教育]

またまた宋さんの文章の紹介です。
こういうことを書いて説得力があるのは宋さんならではというところでしょうか?
勉強になります。誇りと驕り、肝に銘じておくべきですね。

自国文化に誇りを持つ“過ち”
2006年11月22日 水曜日 宋 文洲
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20061030/112702/?P=1

ー 抜粋 ー
孔子は尊敬すべきだが、誇りに思う資格はない

 僕は山東省の出身で孔子と同じ故郷を持ちます。言われてみれば少しうれしいですが、自分にとって、孔子は学びと尊敬の対象に過ぎません。誇りに思う資格は、僕にはないと考えています。そもそも僕の先祖がもともと山東省の人間ではなく、遠いところから山東省に移住してきただけでした。

 生まれた土地の文化の良いところを吸収し、悪いところを取り除くような努力もしない人には、その土地の文化を誇りに思ってほしくないものです。周知の通り、冷戦後、世界中では過激な原理主義者が急速に増えました。今日のいわゆる「テロとの戦争」の主役を務めているのは、原理主義者です。原理主義者は何も宗教や主義に限るのではなく、自国の文化と歴史を過剰に評価する人々も「文化原理主義者」と言えるのです。

誇りと驕り

 よく「独自文化」を誇りに思うと言いますが、純粋な「独自文化」はそもそも本当に存在するものでしょうか。外の文化の影響を受け、外の文化へ影響を与え、その交流を通じて脈々と繋がっていくのが文化です。滅びていく文化は、大体この繋がりと交流を断ち切った文化であると言えます。

 自国の文化を背景にほかの文化を見下すのは、フェアな態度ではありません。相手の文化を認めてこそ自分の文化の特色を認識できるものなのに、相手の存在を無視するのは内面では自分に自信が持てないからだと思います。

 「誇り」とは聞こえがいいのですが、一歩間違うと自分以外を見下すこと、驕りになっててしまうことを我々は留意すべきです。過剰な「誇り」は、必ずや報いが来ることを歴史が教えています。


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